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       着任のご挨拶と近況ご報告(PLO通信60号、2010年3月)

                                      今井一郎

 今冬の函館は11月から雪が降り始め、12月には雪が積もって道端や交差点には、子供の背丈ほどの除雪の雪山ができておりました。新年が明けても相変わらず雪が積もり、九州(大分県臼杵市)で生まれ育った私にとっては大変新鮮な函館の冬となりました。真冬日も多く、気温が零度の日の朝に「今日は暖かいですね」という挨拶が交わされ、自身もそのように感じるのが不思議である一方で、納得しています。私事ながら、着任当初は単身赴任でしたが、現在は家族で函館生活となっております。

 平成21年度より、脈々たる歴史と伝統のあるプランクトン講座に、池田 勉先生と志賀直信先生の後任として着任して参りました。志賀先生のご退官挨拶の中に、北大の教育理念の大きな柱である全人教育の場としてのプランクトン研究室を述べておられましたが、私も研究だけでなく様々な教育訓練の場として研究室が機能するようにと考えております。

 私は北大プランクトン講座の出身ではないので、先ず簡単な履歴紹介を致します。京都大学農学部水産学科を卒業後、同大学院水産学専攻修士課程に進学、同博士課程を中退して、水産庁南西海区水産研究所(現瀬戸内海区水産研究所)赤潮部研究員に採用着任、同主任研究官、赤潮生物研究室長から、京都大学大学院農学研究科助教授に異動着任、同地球環境学堂(ダブル・アポイントメント)、農学研究科を経て、北海道大学大学院水産科学研究院へと赴任して参りました。卒業論文ではミドリムシの増殖生理学(栄養塩とビタミンの影響)、修士論文では水生細菌の増殖生理学(有機栄養の取り込み、呼吸、増殖)、博士論文は有害赤潮ラフィド藻シャットネラのシストの生理生態学的研究に取り組みました。その後も、ラフィド藻ヘテロシグマの赤潮におけるシストの役割、珪藻類の個体群動態と休眠期細胞の関係、沿岸域の基礎生産と微生物ループ、有害赤潮プランクトンと殺藻細菌の生理生態と相互関係、藻場やアマモ場の微生物活用による有害有毒赤潮の発生予防、珪藻類を活用した有害赤潮の発生予防、そして近年は湖沼の有毒アオコの発生予防におけるヨシ帯と水草帯の微生物活用に関する研究に取り組んでおります。

 北大プランクトン講座と私の接点は、水産庁南西海区水産研究所赤潮部の研究員の時代に遡ります。1980年10月1日付けで安楽正照先生が赤潮部長として、長崎の西海区水産研究所から赴任して来られました。当時、採用後半年の駆け出しの研究員であった私は、以後1986年3月まで親しく安楽先生の謦咳に接することとなりました。米国ウッヅホール海洋研究所から有毒プランクトンの泰斗として名高いDonald Mark Anderson博士が招聘来日され、南西海区水産研究所において「シストの時期を含む生活史の解明が有害有毒プランクトンの発生機構の解明研究に大変重要である」という内容の講演をされました。当時、瀬戸内海ではラフィド藻シャットネラの赤潮によって養殖魚類の大量斃死が頻発し大きな問題となっており、そのシストの発見と生活史解明が待たれていました。当時、増殖促進や阻害に関与する細菌とシャットネラの相互関係についての研究を行っていた私に、安楽先生から「是非シャットネラのシストに関する研究に取り組むよう」ご提言を戴きました。微生物ループの研究と併せ、三足もの草鞋を履く羽目になって大変でしたが、結果的に、シャットネラとヘテロシグマのシストや、珪藻スケレトネマの休眠期細胞を初めて発見するなど、大いに研究成果を挙げることができました。当初は仕事が増えてしまいやや恨み気味でありましたが、最終的には安楽先生の先見の明に感謝したものです。研究過程において、どのレベルのデータをどこまで出してどのように論文を仕上げ投稿するのか、その微妙な間合いを学んだこと、そして投稿論文の英語添削をビシバシして戴いた経験は、大きな財産となりました。北大プランクトン講座の学外教育を、給料をもらいながら授業料無しでして戴いたような気も致します。

 毎日の午後3時からのティー・ブレイクの際に、動物プランクトン研究やウッズホール海洋研究所、PLO関係の事など、色々なお話しを伺いました。中東パレスチナでアラファト議長率いる"PLO"が武力闘争を繰り広げていた際に、PLOの名を冠したプランクトン講座のOB会組織に官憲の聞き取りが入ったと、安楽先生から聞き及びましたが、「我々のPLOの方が、歴史が古いのだ」と笑っておられたことを思い出します。

 北海道の沿岸海域は多様で豊かな水産資源に恵まれており、水産業が盛んです。その中で、カキ、ホタテガイ、ホッキガイ等の二枚貝類は重要な資源ですが、有毒プランクトンに起因する貝の毒化(下痢性貝毒や麻痺性貝毒)によって出荷が自主規制され、大問題となっています。主な原因生物は渦鞭毛藻に属する植物プランクトンですが、これらの分布、生理生態、及び生活史を研究することによって初めて貝毒の発生機構が解明でき、発生の予知に道が拓かれます。しかしながら、貝毒発生の本場である東北日本においては、植物プランクトン研究を専門とする研究拠点が殆ど無く、研究体制が貧弱な状況にあったと言えます。例えば噴火湾はホタテガイ養殖の盛んな水域であり、有毒プランクトン研究の格好のフィールドになると予想されます。安全な水産物の持続的な供給の観点からも、更には有毒プランクトンが食物網を通じて生態系へ及ぼす深刻な影響も海産動物の斃死から予想出来ることから、フィールドを主体とする有毒プランクトン研究の推進は、重要課題と位置付けることが出来るでしょう。また有害プランクトンに起因する赤潮の問題も同様です。このような背景から、動物プランクトン研究に加え、有害有毒プランクトンを含む植物プランクトン研究の拠点としてプランクトン講座の発展を図りたいと考えております。

 海は地球上の地表の約7割を占め、海の至る所にプランクトンは生息しています。植物プランクトンは基礎生産者として、海域の全生物の生産を支える根元的に重要な役割を演じ、動物プランクトンは食植者が植物プランクトンを捕食し、そしてより高次の動物へと物質を転送するという重要な役割を果たします。食糧生産という観点から、プランクトンは重要であることは論を待たないでしょう。目立たないが海洋生態系の立役者です。次に地球温暖化においては、プランクトンがその解決のキーを握っていると言えます。基礎生産を通じた炭酸固定を促進すれば、より多くの二酸化炭素が植物プランクトンに吸収同化され、動物プランクトンによる捕食を通じて深海へと輸送されると期待されます。また植物プランクトンは雲の核となる硫黄化合物を生産することから、曇天を通じて温度上昇を制御できるかも知れません。プランクトンはこのように、人類の生存と繁栄にとって不可欠的条件である食糧と環境の問題を解決する切り札として位置付けることが出来そうです(プランクトンは地球を救う!)。これらの点を教育し、海洋生態系の仕組みを基本的に理解してもらいたいと考えております。

 私は、近頃は絶滅が危惧される「海ガキ」(川ガキの近縁種)として育った経験を持ち、様々な海洋生物の観察と採集(これが主体)に親しんできました。一方近頃は、子供の頃から学校と塾と家庭の3か所を主体に成長し、自然体験の貧弱な若者が多いようです。このような学生は「センス・オブ・ワンダー = 神秘さや不思議さに目を瞠る感性」を刺激された経験が少ないと予想されます。実際の具体的な研究への取り組みにおいて、現場の観測調査、準備、実験、分析、後片付け、ディスカッション、情報収集と吸収(勉強)、解析、成果発表といった一連の過程を通じ、新たな研究成果に「オオ?ッ面白いな?」という感動の声を学生と共にあげ、センス・オブ・ワンダーへの快い刺激を共有享受したいと思います。研究を通じて新たな発見や感動を経験し、それが即ち「フロー体験」に繋がれば、素晴らしい教育と研究が実践出来るのではないかと考えます。

 プランクトン講座における平成21年度の学会活動で特筆すべきは、10月に日本ベントス学会・日本プランクトン学会合同大会を函館キャンパスで開催したことです。全国から307名(学生92名)に及ぶ両学会からの出席者を得、発表会場は言うに及ばず、懇親会でも会場の五島軒が溢れる大盛会でありました。優秀学生発表賞も今回は第二回目となって軌道に乗り、北大プランクトン講座から初の受賞者(MC2の本間智恵さん)が選ばれました。本大会の大成功は、プランクトン講座とベントス講座の学生諸子の全面的なご協力の賜と感謝しております。また市民公開シンポジウムでは、PLOの大先輩である日本プランクトン学会元会長の谷口 旭先生(現東京農業大学)による「すばらしきプランクトンの世界」のご講演を通じて、プランクトンの魅力をご紹介戴きました。ここに記して感謝の意を表します。また当日の夕刻には「函館PLO会」も開催し、楽しい夕べを持ちました。

 現在、日本プランクトン学会の事務局を北大プランクトン講座で引き受け、准教授の山口さんが幹事長、私が会長を務め運営に当たっております。また沿岸環境関連学会連絡協議会に日本プランクトン学会も加盟しており、私も副代表として活動に参加しています。国際学会としては、北太平洋海洋科学機構(PICES)において、山口さんは生物海洋科学委員会(BIO)の委員として、私はHarmful Algal Bloom (HAB) Section(有害有毒赤潮部門)の委員として活動しており、今秋米国オレゴン州ポートランドにおいて開催される年次会合に出席の予定です。PICESは、学生の国際学会デビューにとって手頃な機会であり、活用していきたいと考えています。

 平成21年度のプランクトン教室は、大学院生六名(うち一名は、京都大学から特別研究学生)、四年生が三名で構成されています。このうち平成22年度は、MC2の二名が博士課程に進学し、四年生は一名が就職する他は修士課程に進学する予定です。また、卒業研究をプランクトン講座で行う六名の四年生学生を新たに迎えます。さらに広島大学から修士進学の学生さんを迎える予定であり、また中国からも修士進学を目指す研究生が来日来函すべく準備中であり、総勢大学院生が九名、四年生が六名と春から更に賑やかになりそうです。

 ご来函の折りには、是非プランクトン教室にお立ち寄り下さい。学生さん達と共に大いに歓迎致します。末筆ながら、PLO会員の皆様のご健勝をお祈り申し上げます。

 Copyright 2003 Plankton Laboratory
北海道大学大学院 水産科学研究科 多様性生物学講座(プランクトン教室)

 

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