プランクトン講座 ゼミ要旨集

2002. 4. 25 演者: 西部 裕一郎
Christaki, U., A. Giannakourou, F. Van Wambeke and G. Gregori (2001) Nanoflagellate predation on auto- and heterotrophic picoplankton in the oligotrophic Mediterranean Sea. J. Plankton Res. 23: 1297-1310

貧栄養な地中海における微小鞭毛虫の独立および従属栄養性ピコプランクトンに対する捕食

 ピコプランクトンは、細胞サイズが0.2-2.0μmで定義されるプランクトン群であり、海洋では従属栄養性細菌、原核藻類Synechococcus, Prochlorococcusなどが含まれる。これらピコプランクトンの捕食者としては微小鞭毛虫が重要視されているが、特に自然海域での原核藻類に対する捕食速度に関しては報告例が限られている。また、地中海はその生態系のプランクトン食物網において、ピコ、ナノプランクトンが卓越する貧栄養海域である。そのため、当該海域の有機物伝達において、微小鞭毛虫などのピコプランクトン捕食者が重要な役割を果たしていることが考えられるが、その動態に関する定量的な研究は極めて少ない。本研究では、地中海における従属栄養性細菌、Synechococcus, Prochlorococcusの鉛直および水平分布を明らかにし、さらにその個体群に対する微小鞭毛虫による捕食の影響について評価した。

 調査は地中海に設定した9測点 (5-34°E)において、1999年6月から7月にかけて行った。試水は水深0-200 mまでの8-9層から採取し、細菌, Synechococcus, Prochlorococcus,微小鞭毛虫の細胞密度を測定した後、炭素量に換算した。また、細菌の増殖,生産速度および微小鞭毛虫の細菌, Synechococcusに対する捕食速度をそれぞれ既報に従い測定した。

全測点の0-200 mにおいて、細菌の細胞密度は105cells ml-1Synechococcus, Prochlorococcusの細胞密度は102-104cells ml-1の範囲内であった。また、Prochlorococcusの分布深度はSynechococcusよりも深い傾向が認められた。細菌はピコ、ナノプランクトンの水柱積算炭素量の大部分を占め、西端の測点における生産量は東端よりも6倍高い値を示した。微小鞭毛虫のSynechococcusに対する捕食速度は平均0.03 cells HN-1 h-1と試算され、これまでの報告とほぼ一致した。微小鞭毛虫による細菌の捕食は現存量の平均7.5%、生産量の86 %を占めており、Synechococcusに対しては現存量、生産量共に13%であった。微小鞭毛虫のProchlorococcusに対する捕食速度を細菌捕食速度と同様と仮定すると、その現存量、生産量の6%を消費していると見積もられた。また、微小鞭毛虫は日間摂取炭素量の73%を細菌から得ていることが推定された。以上の結果から、地中海では細菌生産の大部分は微小鞭毛虫によって消費されるが、Synechococcus, Prochlorococcusによる生産は微小鞭毛虫を経由して微生物食物網に殆ど供給されていないことが示唆された。